印象に残っていること3

10代の頃、街や歩道を歩いているときに、わけなく立ち止まったり、振り返ったりすることができなかった。
今から思えば笑い話だけど、道の途中でそんな動作をしたら周りを歩く通行人から変な人に見られてしまうのではないかと思っていたからだ。
周囲の人たちの動きを止めるようなことはしてはいけない、目に留まるような行為は慎まなければならないと考えていた。
自意識過剰過ぎだと言われるだろうし、なんだかトラウマチックな話でもあるし、まあよくわからないけど僕はそういう人間だった。
普通に見られたい。周りから浮きたくない。その気持ちが結構強かった。

今でもよく憶えていることがあって、大学に入りたての頃に、バイトでも始めようと思って一人で吉祥寺の東急裏を歩いていると、良い感じの喫茶店を見つけた。
僕は当時からあだち充を崇拝していたので、喫茶店で働くのに憧れがあった(タッチでは南風が物語上重要な舞台となっている)。
そのお店の脇を通り過ぎるときに入り口を眺めると、正面に貼紙がしてあるのが見えた。
その紙はよくある「バイト募集!」の貼紙で、条件やら待遇やら連絡先やらが書いてある。
遠目からすぐにわかったけど、人通りのある道で僕は周囲の目を気にして立ち止まれないのだった。

変な人に見られないようにするのは大変で、諦められなかった僕がどうしたかというと、その道をもう一周してみることにした。
路地をぐるっと回って、もう一度そのお店の前を通る。
そして通り過ぎるときに、貼紙に書いてある電話番号を記憶することにした。
一旦通り過ぎて、記憶した電話番号を頭の中で繰り返しながら携帯電話のメモリに入れて、それで今度は待遇面をチェックしようと思ってもう一度ぐるっと回って店の前を通った。
待遇面がどうだったかもうちゃんと覚えていないけど、多分週3-4日勤務、時給800円とか多分そんなのだったと思う。
悪くない条件だなとか思いながら、さらにその待遇欄の下に小さく書かれている文字が目に入った。
だけど、前回同様にそのまま通り過ぎてしまったので何が書かれているか読むことができなかった。
それで気になって、もう一周せねばということで、結果4周目に突入。
通り過ぎるときに目をこらしてその文字を見ると「女性のみ」と書いてあった。

当時の僕にはその喫茶店にとりあえず電話して、「男なんですけど働きたいんですが」などという根性は当然なく、バイトの貼紙一枚見るのに周辺の路地を4周するという、そういう感じだった。

一旦立ち止まって貼紙を見た方がどれだけ手っ取り早かったか。
もし店の前を4周していることに気づいた人がいたら、そっちのほうがよっぽど変な人に見られただろう。

…まー多かれ少なかれ、きっと誰もが同じ経験をしているはずで、こうして皆大人になるのである。
変わり者だとされる人は大体どこかしら自意識が強すぎるところがあって、それに対する周囲への反動で空回りをする。
最初はそれを隠そうとするけど、そのうち慣れるか開き直るかする。
それしか自分を進める方法はない。

僕は相変わらず自分のことばかり考えているし、別に他人に優しくないし、するのは音楽の話ばっかりだし、人の話もそんなに聞かない。
きっと性情的に「人に寄り添う」ということがあんまりよくわからない気質なのだと思う。

思えば、小学校の頃から通知表の生活指導欄の「他人の気持ちを考えて行動する」という項目が「よくできました」になったことがない。
そして、僕は一度先生に向かって「僕はこんなに人の気持ちを考えているのに何で『よくできました』にならないんですか」と抗議したことがあった。
先生はお前こそがいったい何を言っているという調子で苦笑いだった。
何か象徴的なことだと思う。

印象に残っていること2

印象に残っていることがある。

清澄白河から浅草までは隅田川沿いの遊歩道をまっすぐ歩くだけなので、何度も往復して散歩をした。
浅草に着いたところで別に何をするでもないので、人が多い街だなあと思ってただ行って帰って来るだけである。
どこかに向かいながら、その行き着く先に目的がないというのが好きだ。

去年の秋口頃に、浅草寺付近のけばけばしい喧騒から離れて駒形橋を歩いていると、赤帽を被った一人の老人がポリエチレンの凧を持ってきて、橋上から隅田川の空に向けて、凧を風に乗せるべくタコ糸を操っていた。
通行人の多い駒形橋の上で、誰もこの老人に気を留めている様子もなく、そんなに風がある日でもなかったので、おそらくこの老人の試みは上手くいかないだろうと思いながら、脇を通り過ぎた。
だが、僕がそのまま橋を渡り切り、遊歩道を下って、何の気なしに遠めから橋を振り返ってみると、凧はちょうどゆらゆら空に浮かんでいたのだった。
老人は凧揚げの名人であった。

自ずと立ち止まったので、そのまま眺めていた。
その場から老人の表情は見えない。
どんな顔をして凧を揚げているんだろう。
楽しそうだったら良い。
どんな気持ちで凧を揚げているんだろう。
昔を懐かしむような気持ちはないだろうか。
意地になっていないか。
もしくは退屈になっていないか。
そう思いついたら、遠めにふらふらと浮かぶ凧がとても儚く見えてきて、物悲しい気持ちになった。

そのまま元の道に返る。
そういえばインドのバナラシに滞在していたとき、夕方頃になると、無数の凧が街の上空を飛び交っていた。
無数の凧たちは赤い夕陽の中で、風に煽られながら生き物みたいにうようよしていた。
朗らかで悠然たる光景だった。
「この凧の下には僕の知らない沢山のインド人たちがいて、それで空を見上げて凧揚げを楽しんでいるのか」
安宿の屋上で、ビール片手にそんなことを考えながら眺めていたことを思い出した。

夜になると停電が頻発して、ろくに電気もままならない街でのインド人の楽しみは多分凧揚げだった。
僕は有名なガンジス河の朝焼けよりも、この夕暮れの凧揚げの風景の方がよっぽど印象深かった事をさらに思い出して、その日家に帰ったのであった。

印象に残っていること

印象に残っていることがある。

昔、大学のサークル仲間でよくお酒を飲んでいた。
場所は通っていた大学の近くで、西池袋公園だったと思う。

当時は木が茂っていて、なんだかちょっと薄暗くて鬱蒼とした雰囲気の、陰気な公園だった。

僕たちは近くのコンビニで缶ビールやつまみを買って、そこでよくお酒を飲んだ。
騒いで警察を呼ばれたり、公園に住んでいるホームレスや、通りかかったヤンキーに絡まれた事もある。
朝まで過ごしたことは何十回とある。夜中にそこから実家のある国分寺まで歩いて帰ったこともある。

大概は音楽の話とか、女の子の事とか、そのとき考えている事とかそういうのを意見交換した。
取り留めのないふざけた話や、行き着く先の無いくだらない話をした。

あるとき、いつものようにお酒を飲んでいると、その輪の中にいた先輩(ラオウさんと呼ばれていた)が、個性というものについて語る場面があった(ラオウさんは型破りな先輩で、語るエピソードの多い人だけどここでは省く)。

ラオウさんの説によると、個性というものはXY軸の座標の中で例える事ができるという。
お酒に酔っていたのであまり詳しく覚えていないから、大づかみに説明すると、
この座標軸の中心こそが社会通念上の「普通」(常識人)で、そこから如何にこのセンターの基軸から離れることができるかが、より社会的に際立った人間になれるかどうかの分かれ目だという話だった。
つまり、際立った人間になるには常識人の価値観から解放されなければいけないし、より強力な個を持つ人間はどんな座標方向であれ、センターから遠く遠くへとかけ離れていくはずだと。
このバランスは馬鹿と天才のように紙一重で、例えばガンジーのような偉人はこの座標軸の中でもセンターからは相当かけ離れたところにいただろう、でもだからこそ強烈に他人を動かすことができて、歴史に名を刻むことができたのだ。上に立つ人間は大概頭がおかしい、振り切れている。

僕はその話を「面白い話だな」と思って聞いていた。
どこか聞いたことのあるような話だったけど、神妙に話を聞いている周りの同輩と同じようにふんふん頷いていた。

そして、この話の本筋は「だから俺も突き抜けた生き方をしたい」という結論であり、それを補足説明するための座標軸の話だった。別にXY軸の話が正しいとか正しくないとか、そういうことではない。

でもラオウさんはそんなふんふん頷いている僕をみて、何か勘に触ったのか、「トモヤ、お前は何か違うことを考えていそうだな、何か考えがあれば言ってみろ」と言った。

言われてみると、確かに面白い話だなと僕は思ったけど、少し違和感があった。
僕には全体的に「無い」感覚というか、「僕の話」ではないな、というか。
うまく説明できないながら、なんだかそんな風に思ったことを覚えている。
でもそれが何なのかをその場でうまく説明できなくて、とても悔しい思いをした。

そして何年も経って、今でも何と切り返しをすればよかったのかわからない。
この話は未だに頭にこびりついていて、そのときの事をたまに思い出してしまう。

「抱きしめたいvol.4」の動画アップ

夏なので、暑い日が続きます。
以前は珍しかったゲリラ豪雨ももはや特に驚かなくなるようになってきました。
夕立は減りましたね。これからなのかな。
なんであれ夏っぽいことしたいなと思って今年も過ぎていきそう。

さて、先月行われた「抱きしめたいvol.4」のライブ映像が届きました。
1カメなのでバンド全体というよりも、ほとんどボーカルの谷口を狙い撮りしているような映像ですが、有り難いことにとても見ごたえある映像に仕上がっています。撮影、編集はマック渡辺氏によります。
複数録音していた、当日のライブ音源を簡単にmixして映像に付け直したところ、結構それなりの音になったので良かったです。ライブ音源だけどある程度聴きやすい音質になっています。

当日来れた人はもちろん、当日来れなかった人もこんな感じだったのかと観てもらえたら嬉しいです。
なんかだいぶ前のことみたいに思ってしまうけど、とてもワクワクさせられた一日でした。
動画は2曲。

まずは「夜のジャズ」。

コアリスナーに好かれるスルメな一曲。
この日はセットリストのラストで演奏しました。
シングル「ゆるやかドラゴン」での鍵盤が入ったゆるいアレンジとはまた違い、かなりライブ仕様のサウンドです。
この日は僕が新機材を投入した日でもあって、動画で見られるピンク色のギターを初めてライブで使用したのでした。良い音が出たので、楽しくなって興奮している様子(谷口が)が手に取るようにわかります。

映像は良く撮れているけど、実際に生で観てもらわないと伝わらないところが多い曲のような気もします。
伝わったらそれはそれで良いのですが。拍手、暖かい。感謝。

 
そして「宇宙線が視ている」。

昔からやっている曲。アンコールでやらせてもらいました。
有り難いことにこの曲が一番好きだと言ってくれる方がリスナーの中には多くて、ギターにカポタストを3フレットに付けた時点でフロアが少しオオオオと息を呑む感じになり、こちらもステージでオオオオとなったのでした。
こちらの手元までちゃんと観てくれているなんて嬉しい限りだと思いました。

 
さて、minimalsはこれからレコーディングセッションに向けてリハーサルの日々です。
8月中旬に録音があるのでその準備に入っています。
録音する楽曲は決まっていて「ロングウォーク」という曲を録ります。
弾き語りではよく演奏するけど、バンドでは最近あまり演奏していません。
夏から秋にかけての曲です。
余裕があればもう一曲書き下ろしの新曲を録るつもりです。

今回はサポートミュージシャンにamamoriが加わります。
シングル「ゆるやかドラゴン」の「夜のジャズ」で鍵盤を弾いているミュージシャンです。
今年「出れんのサマソニ」に出演するなど、活躍目覚しいシンガーソングライターのamamori。
サイトはこちら→http://amamori-mk.jugem.jp/
また音合わせができるのが楽しみです。

 
次回ライブは弾き語りで8/27(火)に渋谷GUEST。
久しぶりに弾き語りやることになりました。はいからさんの近田君らとやります。
平日ですがとっても楽しいと思います。是非来て下さい。
CDも持っていきます。

8/27(火)渋谷GUEST
[Time] Open 19:00
[charge] 1500yen(D別)
w/近田崇仁(はいからさん)/ 廣瀬義政
谷口弾き語り。

それでは皆さん夏風邪にはお気をつけて。