奴のバイク

本日、例の如く黒坂正二郎氏が来訪。
あれやこれや話すも僕は終日偏頭痛が出て体調悪し。
話が右から左に抜ける。
夕飯前に食べたガリガリ君シチュー味のせいだろうか、肩がぐーっと固まっていく感じになる。

その後、黒坂さんが新しくバイクを買ったというので見せてもらう。
すごいメカっぽのにゴツゴツしていなくて可愛い感じのバイクで、見ていてテンション上がる。
バイクはやはり漢の夢が詰まったアイテムだと思う。
いいねいいね言って、はしゃいで、それで一日が終わった。

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大体のこと2

昨日家に居たら、突如として櫻壮一郎ブームに襲われた。

彼がやっていて解散した前身バンドのBell Boyから現在のニペパまでYouTubeを徘徊してライブ映像やレコーディング音源を視聴した。
大体3時間半くらい続いて、ようやく止まった。

自分と彼は違うタイプの人間だと思うけど、僕が一方的に共感する部分もあって、なんだか妙に親近感を覚える人の一人だ。
櫻君は言葉の使い方とか、物の捉え方とかが削げていて、剥き出しな感じがある。
だけども彼のそれは妙にポップだったりする。

その後、ネットサーフィンを続けて、どんとのインタビューやらを観ていた。なんとなく似ているなあとか思って。

まあでも誰であれ、極端で生々しいものをポップスにしてみようなんて思考する人は癖があるなあと思いながら寝た。

大体のこと

笑っていいともが放送終了とのこと。
笑っていいともを観ていた時期が一度もないから特に感想はない。

昨日は新宿でライブがあって、練習の合間にいつもの喫茶店に寄って、特に美味くもないグレープフルーツジュースを飲んで、ライブハウスに着いてリハーサルをして、いつも通りにライブをして、THE MASHIKOのあししオポチュニティーと人の死についてあれこれ思うところを話して、その後東新宿から地下鉄に乗って帰った。

大体、そういう一日だった。

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歌詞についての四方山話

普段思ったり感じたりした事は何でも手帳やiPhoneのメモ帳に書いていて、それが歌詞につながっていく種になる。
この「感覚を書く」というのは、僕が幼稚園くらいのときから連綿と続けている、数少ない美徳ともいえる習慣である。

誰が何と言おうと、音楽を創るのはしんどい。
それでも僕の場合、最初に曲想を決める、コアになる言葉のイメージを創るのは楽である。
完成したリズムトラックに、書き留めていた言葉のフレーズやイメージをせーので合わせて唄ってみて、その場の即興でメロディを出して固めていくのが曲作りに多いパターンで、先にタイトルだけ決めて、そこから掘り下げて曲を作っていくこともある。

もちろん大枠はそれで決まっても、実際に歌詞を細かく詰めていく作業は非常にしんどくて、言葉を(感覚的に)放り出してみたり、はめ込んでみたり、逃げてみたり、説明的に置いてみたりする。
要は推敲する。

歌詞で頓挫する曲は多い。
というか歌詞以外で曲作りは頓挫しない。
いくら言葉にイメージがあっても楽曲として成立するほどの伸び代がうまく出せなくて、それで失敗するパターンが結構ある。
当たり前だけど歌詞は楽曲の道標なので、これが決まらないということはつまり楽曲の最終的なトーンやアレンジが決まらない。
そのまま無理に推し進めると、非常に不安定なまま固定化されて楽曲がにっちもさっちもいかなくなる。
これは由々しき事態なので、そういうときは早めに諦めて寝かせてしまうに限る。

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人の感情には色んな種類やカラーや局面があって、それは単純な言葉だけだと表面的になってしまって、なかなか説明がつかない。
説明がつかないからこそ、なんとかそれを何かのフォーマットに乗せて表現したいわけで、僕の場合、「じゃあそれを音楽で」という話になる。

要所要所で訪れる気分や感情の類を記録して、後でその感覚の持つ世界や雰囲気を人に伝わるように拡げたり、絞ったりして成型していく。
僕は誰かの感情の受け皿になるような楽曲を創作する事が好きだ。

でも、たまにちょっと誤解されているなあと思うときもあって、それは「夜のジャズ」とか「みんなわかってもらいたい」という類の曲の歌詞について、人から「メッセージ性が強い唄ですね」と言われる事だ。
「メッセージ」という言葉の捉え方一つなのかもしれないけど、僕はあんまり「メッセージ」として語れるほど立派な思想なんて持ち合わせていない。
歌詞に詰まって楽曲を頓挫させるくらいの人間だし、根が非常にいい加減なので、偏屈ではあっても「僕のすべてを受け止めてもらいたいというような情熱的な魂を持った、自分をさらけ出している人」という感じではないと思う。

例えば、「みんなわかってもらいたい」はそれこそタイトルから作っていった曲で、僕の中ではまず『みんなわかってもらいたい』という言葉が持つ佇まいや雰囲気に着想があったから、そこから喚起されるイメージを、感情的というよりかは言葉遊び的に拡げてゆく作業をして作った。
だから、どちらかというと「誰だってそうだよね」みたいな、ゆるくてふわっとした感じでまとめている。
タイトルから連想されるような「これぞロックなんだ!」みたいなそういう激烈なモチベーションで書いていったわけではなかったけれど、それでも確かにこの曲なりのエモーショナルな部分はあるし、どうとでも捉えられるように作ってもいるわけで、中々面倒くさい。

収拾がつかなくなってきた。
とりあえず、僕が思う「良い歌詞の曲」はどんな気分のときでも、どんなようにでも受け止められる、優しくて懐の深いものなので、自分もそういう歌詞を創っていくよう頑張らねば、とそう思った。
いいえ、今日もまたそう思い直したという話。

嵐間近

最近あの喫茶店行ってないなと思って、ランチでのカレーでも食べに行くかと思って何度か時間を見つけて行ってみるんだけど、毎回開いていない。
一昨日にも行ってみて店内を覗いてみたらなんだか撤収作業の様子。
どうやら閉店らしい。

居心地が良いところが減るのは哀しい。

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写真は最近初めてライブをやらせてもらった新宿JAM近辺の写真。特に内容と関連はありません。

10月が来ました

本日はminimalsスタジオだった。
長らくバンドを手伝ってくれている塩澤由希子女史が今日のサポートベースで、10月4日のライブに向けて前回以来久しぶりに三人でリハーサルをしたのだった。

僕だけじゃないと思うけど、久しぶりに会う友人知人というのは何を話すにしてもなんだか妙にワクワクしてしまって、やたらニヤニヤしてしまう。
別に特別な話題もないのだけれど、出会い頭になんとなく気取った事を云ってやろうなどと考えたりして、でもやっぱり止して結局言わなかったりする。
そして、それも自分の中でアンニュイな感じに残って、不思議と面白かったりする。
この感覚はとても好きな感覚だ。

スタジオでは新曲の「フリークス」という楽曲も合わせた。
僕が何も考えずに曲を作ると大概ジャカ弾きの昭和歌謡みたいな曲になる。
ベタベタした、ひねりも何にもない曲だ。
そして、最近はそれで良いんじゃないかと思ったりもする。

写真は隅田川。
住んでいる家の近くに川があるとすごく落ち着くね。

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