夜のジャズ

(谷川俊太郎の同名詩より引用)

太郎はめくら 夜だから
花子もめくら 夜だから
何も見えない 触るだけ

太郎は触る 花子も触る
とてもいきのいいお魚 とても新しい貝

とてもすごい嵐 とても揺れる舟
とても真っ黒い夜 とてもとても
とってもさ

朝になれば小鳥が止まる
朝になれば青空
だけど今はまだ夜だから

太郎はめくら 夜だから
花子もめくら
何も見えない

とても真っ黒い夜 とてもとても
とってもさ

*******

minimals「夜のジャズ」(live)

この曲は確か2009年春頃にできたと思う。
前回の「みんなわかってもらいたい」よりもさらに古い。

なぜ覚えているかというとこの曲ができたとき、僕は「この曲は一人ではうまく再現できないけどなんだか面白いものができた。バンドでしか表現できないものができたからバンドでやろう」と思ったからである。
僕はそれ以前にも散発的にギターの弾き語りをやったりすることはあったけれど、パーマネントなバンドを組んだ経験は一度もなかった。
この曲を作った後に新しく結成したminimalsは、僕が組んだ初めてのパーマネントなバンドである(現メンバーは僕と村尾の二人だけだけど)。

自分でいうのもなんだが、この曲はとにかく他の曲と比べても色々風変わりなところが多くて、初めて聴いた人は取り留めなく聴こえて戸惑うかもしれない。
当時の「普通じゃないものを作ってやろう、だけどわかりやすく単純なもので」というひねくれた自分のものの見方が見えてくるようだ。

この頃の僕はきっとリトル・フィート、ザ・バンド、ライ・クーダーあたりをよく聴いていたから、その反動のせいかコードがあれこれドラマチックに沢山入れ替わってような展開のポップスの華やかさが苦手になっており、コード感の少ないものが好きだった(この辺は「みんなわかってもらいたい」の頃にも通じていく)。

この曲の大まかな展開自体はよくある「イントロ→Aメロ→サビ→間奏→Aメロ→サビ→アウトロ」である。
ギターのメインリフはコンパクトでリズミックであり、わざとらしくなく飽きがこない。
ベースは朗々と歌い踊るようだ。
ドラムは手数が多く、大袈裟で表情豊かである。
サビも唄があるんだかないんだかスキャットなんだかもよくわからない。
この曲では全編に渡って唄もリズムも演奏も渾然一体となっており、そのまま大きな塊で転がり滑り落ちていくように、なんだかよくわからない熱量を持ったまま情景が移ろっていく。

サビの箇所を除き、その殆どをDのワンコードで押し切っているところも特徴的だ。
そのサウンドはバンドの名前にも冠したとおり、ひたすら細やかでミニマルである。

ドラムスの村尾や当時のベーシストとのリハーサルでは「この曲では一つのうねりを表現しろ、この曲はそれだけだ」「中間部は波に呑まれるように」などというアバウト全開な指示が日夜平然と飛び交っていたのも良い思い出である。
僕はバンドで新しい表現ができるんじゃないかと夢中だったのである。

さて、この曲の歌詞は谷川俊太郎の同名詩「夜のジャズ」の一部を抜粋して充ててある。
谷川俊太郎については元々中学生のときに合唱コンクールで聴いた「じゃあね」「春に」の詩に惹かれてから今に渡ってずっとファンであり、長らくその言葉の持つ直裁さやしなやかさやテンポにしびれてきた。

この曲を聴いた人から「『めくら』なんて歌詞だと放送には流せないですね」と他意なく言われたこともあるが、そのとき初めてああそうかと思った。
それまでそんなことに気付きもしなかったが、でもそれもそういえばそうだなと思ったくらいである。
僕に言わせればここで語られている「めくら」はとても美しくて差別表現などとは少しも感じないし、むしろそこに悪意を感じられるほうが逆に感じやすすぎるのではないかと思ってしまう方なので、まあ人それぞれの価値観である(そんなことより別の理由でこの記事は諸々まずいのではないかと思っている)。

ちなみに僕はこの時期、この曲以外にも谷川俊太郎の詩を自分の楽曲に取り込もうとトライしている。その殆どはボツになってしまったが、いつか披露できるときがあるといい。