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明けましておめでとうございました

1月17日の「よくある週末vol.6」にご来場頂いた皆さまどうもありがとうございました。
とても寒い一日でしたね。楽しんでもらえていたら大変嬉しく思います。

渋谷guestはステージも低いし、僕は弾き語り時には座って演奏するので、演っている側からすると、客席の方々とはほとんど同じ目線か、もしくはこちらの方が低いので、ぐるっと周りを取り囲まれているような、見上げて演奏するような、そういう雰囲気になります。
先日は暗転した中でも客席にほのかな明るさがあって、どことなくキャンプファイヤーの薪で組んである真ん中のやつになったような気分になりました。

今回演奏で使ったギターはエピフォンのテキサンというアコースティックギターで、恋をしようよジェニーズの桜井君に借りたものです。
彼はビートルズファンだから、ポールが愛用したとされるテキサンと、ジョンレノンが愛用したとされるJ-160Eというモデルのどちらも持っている。
テキサンは良くできたギターで凄く良い音だったけど、J-160Eにも興味があるので、次回彼からギターを借りるときはJ-160Eを借りてみたいと思う。あんまり弾き語り向きのギターではないかもしれないけど、Gibsonに興味があるので。

さて、次回は3月21日土曜にまた同じ渋谷guestにて弾き語りをやります。
今度は昨年からおよそ10ヶ月ぶりのワンマン公演で、自身2回目です。
前回は完全に一人でやりたかったので、ゲストもサポートもなく独力でやりましたが、今回はオープニングアクトとして先述の桜井康次郎(恋をしようよジェニーズ)を迎えるほか、来て頂ける方に楽んでもらえそうな演出を色々考えています。
詳細は追ってお知らせさせて頂きますので、チェックして頂けたら幸いです。

2014年は今までで一番休んだ年だったので、2015年はスっとやっていきたいとそう思っております。

2015/3/21(土)渋谷GUEST
minimals谷口企画「よくある週末vol.7」
[Time] OP19:00 ST19:30
[Charge] adv.1800yen / door.2000yen(+1D)
[出演]谷口智也
オープニングアクト:桜井康次郎(恋をしようよジェニーズ)
FOOD:スーパーサンド谷口

10ヶ月ぶりの弾き語りワンマン!!
遂にあの男闘呼が地獄の底から帰ってきた…!!
「あんまりない」よくある週末特別編!!

兄とその結婚

先週末は兄の結婚式があり、久しぶりにスーツを着て池袋の結婚式場まで行ってきた。
たまたま母校の前が会場で、通学路を懐かしい気持ちで歩いた。

僕の兄は小学校時代の同級生と結婚したので、初恋が叶ったということだ。
お嫁さんには弟がおり、その弟と僕は幼稚園・小学校時代を共に過ごした友人同士でもある。
つまり、僕は小学生のときの友達と義理の兄弟関係となった。
人生はわからないものだ。

兄の奥さんは笑顔が素敵で、いつもにこやかである。
兄に嫁ぐほど大きな愛を持った方なので、博愛主義者だと確信している。
今年初めて兄から紹介を受けたときもまるで昔からの知り合いのようであった(事実そうなのだけども)。

そんなわけで、どことなく同窓会のような雰囲気が漂う結婚式の中で、久しぶりに会った兄が僕の知らない粛々とした面構えをしていたのが印象的だった。

そして披露宴では、一転して柔和な晴れがましい表情であった。
これもまた今までにあまり見たことがない顔であった。

兄には真っ白い兎のようなイメージがある。
優しく真っ直ぐで、自分の正しくあろうとすることに対してとても真面目な人間である。
頑なと言ってもよいかもしれない。
そしてそれがどことなくか弱く、可愛らしい部分でもある。

披露宴の最後の挨拶でそんな兄が泣き出したときには、僕も思わずうるっときた。
我が兄のことながら、大変に誠実な人の涙を見た気がしたのである。

僕は自分のことを誠実な人間だとは思わないが、多少なり彼の生き方を見て育ってきたので、誠実な人に対する敬意ならば少しくらいは払えるようになってきたのかもしれない。
そういう気分だった。

僕が小学生の頃に兄が弾いていたピアノの音色は今でもよく覚えている。
とても線の細い、軽やかで繊細なタッチのピアノであった。
そして彼はそういうピアノを流麗に、丸め込むようにして丁寧に弾くのであった。
それでメロディに嫌味がなくて耳にスッと入ってくる。
僕からするとそれはまるでメロディがメロディではないかのようであった。

そういうものは今までだってずっとそうで、これからだってきっと変わらないだろう。
だからいくら形が違っても信じられるのである。
そう独り言ちるほど良い日だった。

相思相愛パターン

自分のアイフォンに残っていた過去の日付のふたつのメモ書き。

どうやらこのふたつのメモ書きには、自分にしかわからない何かしらの関連性があったようで、いずれひとつにまとめた上で結論を出したかったようだ。
しかし途中で失敗に気付いて挫折し、うやむやになってしまっている形跡がある。

そして長い時の荒波の中で、僕はこの文章の結論なるものをすっかり忘れ切ってしまった。

はたして、僕はこのふたつをどのように結びつけるつもりだったのか。
今日はひとつ、当ブログを閲覧頂いている皆様にも是非ご協力願ってその言わんとするところ、「ナゾ」を解明して頂きたい。

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【メモ書き1】
ときどき、メガネにその顔面を支配されている人がいる。
メガネを外すと「あら」と思ってしまう、そんな人が周りにいる又はそんな人がふと頭に思い浮かんだなら、その思い浮かばれた誰かはメガネに支配されていると断定してよい(気軽に断定してよい)。

果たしてその人が稀代のメガネ使い顔なのか、はたまたメガネがその人の顔面を乗っ取り、メガネの象徴化を進めているのか。この判別はむずかしい。
一説には、長年メガネを掛けているとその人の顔面の骨格と筋肉がメガネに合わせて変化していくものらしい(谷口説)。
つまり、その人がそれなりのメガネ使い顔であった場合、メガネの侵食を受けるのと同時に、自らも逆にメガネを受けていくというパターン(相思相愛パターン)もある。
いずれにせよ、これは大変に由々しきことである。
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【メモ書き2】
本屋の匂いがダメだと云う人がいる。
なぜだかわからないが印刷物のインクの匂いに触発されて、もよおしてしまうらしい。
この手の人は一定数存在する。

一方、トイレの片隅に本がうず高く積まれている人がいる。
トイレのスペースが閉鎖的で落ち着くというので、そこに居座って読書をするという。
この手の人も一定数存在するように思う。

それではインクの匂いが充満したトイレの場合はどうか。
インクの匂いが無問題な人、トイレの空間が落ち着く人はもちろん大丈夫である。
「あら、本屋さんの匂いがするおトイレなのね」くらいなものである。
別にインクの匂いが苦手で入りづらくとも、トイレなのでもよおしても当然結構である。

また、パニック障害などでトイレ自体が閉鎖空間のため苦手という人もいるだろう(きっと)。
逆に、そういう人の中にもインクの匂いが好きだという人は一定数いるはずだから、トイレの空間は落ち着かずナーバスになるけれどもインクの匂いが好きだから大丈夫というパターンも考えられる。

さらにそのうち、トイレは閉鎖空間で落ち着かないから一刻も早く出たいはずなんだけれども、インクの匂いが好きで出られず、そしてその匂いがトイレに籠っているから逆によい、ますます出ないということもあるかもしれない。
もはや出たいんだが出たくないんだがよくわからないのであるが、この場合だとソワソワしながらもとりあえずトイレを出ることはないようである。

または、トイレの閉鎖空間が落ち着くのでついつい居座ってしまうけれども、インクの匂いは苦手だからどうしてももよおしてしまう、でもトイレだから逆によい、という可能性も生み出されるだろう。
これも本当に落ち着いているんだが落ち着いていないんだかどうだかよくわからないんだけども、結果的にトイレにこもり続け、ソワソワし続ける状態には変わりがない。しかし、これではただのソワソワすることにエキゾチックなものを感じている奇特な人である。

この「逆によい」領域の可能性たるや恐ろしい。
つまり、この話にも「逆にメガネを受けていく」と通じるような奇妙な相思相愛パターンがあるのだ。
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以上でメモ書きは終わっている。

この文章がもし完成されていればそれはヒト科の深淵を覗くような超大作となったことは間違いないであろう。
このかすったんだかかすっていないんだかよくわからない文章に対して、残念な印象を抱く人間が一定数存在することは承知している。

ただ、それでも文章の完成が成し遂げられなかったことだけが悔やまれる。
また、別段完成させるつもりがなかったことも改めて悔やまれるのである。

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↑写真はまるでキングクリムゾンのジャケットのような迫力を魅せるガリガリ君ナポリタン味。
右目の中の「?」がその味とこの文章を物語っている。

届け

街角などで孤独な様子の人を見かけて、その人の表情に寂しさを見つけたからといって、まったく見ず知らずの他人が「あなた大丈夫ですか、あなたは一人じゃないんですよ」などといきなり物申すと話がややこしくなることが予想される。

いかにあなたが優しいとはいっても、その優しさが誰にでも通じるものだと思うのは、ちょっと考え物である。
大体、あなたがその寂しげな誰かを見かけたというのも自分の主観であって、自分の中に寂しげな誰かを見つけたいだけの、あなたの物悲しい欲求かもしれない。

もしかすると、相手はそれを敏感に察知して、あなたのことを偽善者と罵ることだってあるだろう。

そうなると今度、善良なあなたは帰り道で自分が偽善者かもしれないというテーマについて悩み続けることになる。

それを見かけた見ず知らずの他人が「あなた大丈夫ですか、あなたは一人じゃないんですよ」と話しかけてくることはあるかもしれないが、これはまったくディスコミュニケーションである。
新しいテーマを見つけたい人以外にはオススメできない。

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最近はすっかり大人になったので突発的な感情に振り回されることは少なくなった。
よく他人から「頭がおかしい」「目が据わり過ぎ」「平気で人を刺せそう」などと積極的に評され、とかく狂犬病に罹ったイヌのようなイメージを持たれてきた僕だが、もしかするとこれは心持ちが多少は穏やかになってきているという兆候かもしれない(神様ありがとう!)。

例えば先述の文章(「三月を歩く」参照)にもあったとおり、僕はいわゆる「哀しい」感情が去来したときに、その感情を「賛美」したり「スタイル」にして色づけすることは少なく、なるべくそのままの感情の所在を自分の中で突き止めて「分析」し、その作用を客観視するに留まらず、「まあそういうものである」とねんごろに自分史のなかに「体系化」させ、納得・格納して自己完結させるようになってきた(もちろん表現として脚色することはあるけれども)。

そして、今やそれを「哀しい」以外の色々な感覚にも置き換えられるように、その適用範囲を拡げるべく日夜努力を心がけているところである。

当然、僕の心のうちには狂犬の名に相応しい激情めいたものも沢山あって日頃ふつふつと煮えたぎっているのだが、箱根の山は天下の険のごとき分析力(客観)に護られて、外見は天下の名山であるところの富士の山のように泰然自然としているという状況が醸し出されているのである。
これが世にいわれる大人の姿である。

このトライアングルは三竦みのように成り立っている精神安定ピラミッドであり、いずれが増長してもダメだし、かといってどれが欠けてもダメであるようだ。

しかして、この僕の脳内作業はどこかしら何かに似ていると思っていた。
頭の中でずっと引っかかっていたのである。

それで最近「○に届け」という某アニメを観なおしてみたところ、ある気づきがあった。
どうやら先のトライアングルに対する僕の考察は、少女漫画的なアプローチと近しかったことに思い至ったのである。
原作を読んでいないのでアレだが、その手法とは端的に言ってしまって「感情をありのまま受け容れて見つめ、それをあれこれと解釈する」という部分についての手法であり、僕の気づいたそれは少女漫画的というよりむしろ女性的な感性についてを指すかもしれない。

特に「受け容れた感情を見つめる」という所為が男性的な要素ではない気がする。
男性は大概の場合、プライドと衆目がデフォルトで標準装備されていて外せないので、そもそも無自覚であろうとしても「ありのまま」は受け容れがたい。
まして大人になると装備品の重量が次第に重くなっていくので、大体の感情に対してはどうしても鈍感になりがちで、襲来する感情にも経験則と慣れで対応するから、いちいち再考なぞはしない(僕はそういう無頓着さは嫌いである)。

もちろん人間の生活は恋愛漫画のように、あんなにご都合主義でうまくまとまっていくものではないし、少女漫画の入り口は往々にして「恋愛」ばかりだけれども、それでも感情の抽出方法や、その感情に対する心の流れ、思考の動かし方の表現はとても端整丁寧で、わかりやすく整頓されており、豊かだなあと思う。

僕は大人君なので、主人公二人の言動や演出をどうにも生温かい目で見てしまうが、それでも断然悪くない。酒でも呷りながら観たらきっと泣いてしまう。

僕は今まで自分の創作については、どちらかというと高校の教科書資料集に載っているような「純文学」然としたものから影響を受けているのだと自分で勝手に思っていたが、やっぱりそうばかりではない。最近は頓にそれを感じる。

当たり前だが、色々な経験や情報、創作物から影響を受けている。
ときどき、それらが僕個人の基質の中でお互いに気づきあって、それぞれの表現の奥と奥とで結びついて相関していくのがわかるときがある。
まるでお互いに関係していなかった2つの事象が自分の中で1つに連なっていくような感覚で、これは内面的に豊かになったような気持ちがして心地良い。
何かから影響を受けることの喜びとはここに極まる。

つまり、要約すると僕は「○に届け」が好きだという話。

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三月を歩く

毎年この時期になると人の死について考える。
仲の良かった後輩が亡くなった季節だからだ。
別にわざわざ思い出すつもりはないんだけど、なんとなく毎年思い出してしまうからただ漫然と考えているだけである。
今年もふとお呼ばれした気がして、散歩がてら墓参りに行ってきた。

今年はもう線香は上げずにおいた。
個人的に線香には馴染みがない。
なにか違う気がして墓石も洗わなかった。
それなりに明るい色の花を買ってきてそれだけ墓前に添えた。

お墓に着くまでは、頭の中で色々考えていてああ言おうこう言おうと決めていたことがあったが、結局それはお墓の前では何にも言えなかった。
相変わらず墓前の前に立つと心が落ち着かなくなって、無性にひねくれてしまうのである。

久しぶり元気か、最近はああでこうなんだよ、じゃあまた来るわ程度のつまらない世間話みたいなことをサーっと心で念じて、軽く手を合わせただけである。

さすがに素っ気ないなと思い直して、何か付け加えようとしたら、妙にあたふたしてしまって、近況報告諸共に軽い愚痴みたいなことをだらだら喋ってしまい、下手な自分語りをしているのに気付いてくだらないと思うなりそれきり嫌になったので、早々に切り上げた。

結局、僕の墓参はそういう感じで正味1分ほどで終わり、我ながら一体何をしに来たのだかよくわからない出来栄えだった。
来る途中で寄った立ち食いそば屋の方がよっぽど長居したものである。

それでも、そのまま家まで歩いて帰っていると、途中からとてもとても寂しい気持ちがやってきた。
自分の心の内は以前とは入れ替わって、昔のことなどすっかり洗い流しているもんだと思っていたが、それこそ心の中の亡霊みたいな感情が掻き集まってこみ上げてくるのである。
なんだか頼りないような、懐かしいような感情でもあったけれども、それは本当の感じがした。
そういう寂しい感情に誘われて思い出すことなどもあり、生前にもう少し遣り様があったんじゃないかなどとも思った。

そして、先ほどお墓の前で無自覚に言葉を尽くそう尽くそうとしていた自分が馬鹿のようであった。
向こうだって久しぶりに訪れてきた自分に何かを話したかったかもしれないからである。

昔はそれこそ河原の土手でも歩きながら、そいつの話を黙ってウンウン聞いて最後にわかったようなことを得意げにアドバイスしたものだったが、そんなふうに僕は話を聞きに行くくらいの心持ちで行けばよかったのである。

それから僕はもう少し歩いて、それで、僕はこれくらいの距離の方がちょうど良いのだと思い直した。
というのも、葬式や墓前では気持ちが落ち着かなくて、こういう寂しいと思う感情はなかなか起こらなかったから、今日久しぶりに墓参りをして、その帰り道で自分一人になってよちよち歩いているときになって、ようやく初めてその人の事を素直に感じることができた気がしたからである。
それは良いことだった。
総じて、諸々これくらいの距離が生まれると、ようやく少しは人のことを思いやれるような気がする。
それで多少は涙も流れそうになる。
いやいやこれでは結局まったくダメなんだけれども。

そんなことをつらつら考えていたら感情も一段落してくれて、スッと落ち着いた。

印象に残っていること4

子供の時、母から事あるごとに「人のためになることをしなさい」と言われたが、当時何度言われてもよく意味がわからなかった。

幼少の頃から無軌道を地で行く性格だったので、そんな僕を見兼ねてそういう有り難い諭しを与えてくれたんだろうなと今になって思う。

しかし、当時の僕は、この言葉の持つ重さにすっかり行き詰まってしまって、「人のためになること」とは果たして何であろうかと考え込んでしまった。

そのうち、あんまり考えすぎて、自分を押し殺すことが人のためになることなんじゃないかと漫然と考えるようになった。
というのも、自分が何もせず黙っておとなしくしていた方が周りはみんな楽しそうで、スムーズにいっているように見えるし、仲良さそうだった。

僕はトラブルメーカーだったから、いつも周りに迷惑ばかり掛けていたし、これはつまりそういう自分を抑えて「我慢せよ、無理せよ」と言われていることと同じ意味なんだなとなんとなく思い知らされたものである。

おそらく小学校高学年のときだったと思うが、担任の先生がホームルームの時間の際に、クラスのみんなに向かって「人のためになることをしなさい」とやっぱり母親と同じような訓示を垂れた。

過敏な反応かもしれないが、その頃の僕の周りの大人は母に限らず、同じようによくこう言ったものだった。
「人のためになることをしなさい」
「周りに優しくしなさい」
「相手の立場を考えて行動しなさい」

この類の問題は小学生の僕にはとても難しかったし、今から考えても、そのどれもが一生かかるくらいに難しいと思っていることばかりである。

そして、ここで肝心なのは、当時その努力は誰からも認められていなかったが、当時の僕も僕なりに「自分は人のために役立つ人間にならなければいけない」と意味がわからぬままに盲信し、もがいていたことである。

話は戻って、それでまあ、クラスの連中は神妙に聞いているふうだった。
小学生だから、「はーい!」とかそんな感じである。

先生は続けた。
「えー、人のためになることをするのはとても良いことですが、それができない人は自分の好きなことをやりましょう。なぜならそれは周り巡って人のためになるからです。」

この言葉を聞いた時に、僕はとてもホッとしたことを覚えている。

人の為の事は難しいけど、自分の好きなことをやって良いのなら、自分はそっちの方が向いていると思ったのだった。
好きなことだったらうまくできる気がしたし、自分のやりたいことをやって、それが他人のためになるなんて一石二鳥だと思った。
先生はなんと良いことを教えてくれたのだろう。

どうして自分のやりたいことが人のためになるのか、その理屈はよくわからなかったが、子供ながらなんとなくその言い草の含むところはわかった。
そして極端に言って、そのとき別に理屈は大して大事ではなかったのである。
とりあえず僕は好きなことをやってよいのだから、それで充分であった。

その後、「では自分にとって好きな事って一体何だろう…」という至上命題に悩むハメになることは、そのとき知る由もなかったが。(永遠に続く)

※※※

と、まあここまで徒然と書いてみたものの、極々ありふれたことをなんとも勿体つけて書いたもんだと我ながら思えたので、ブログにはアップすることなく、「下書き」フォルダにしまい込んでおいた。

しかし、今日になってふと、この「印象に残っていること」シリーズ第四弾の草稿を思い出し、改めて読み直してみて、感じるところがあった。
それを補足として追記した上で、アップすることとする。

※※※

それは、この印象シリーズに通底することかもしれないが、「何が自分の記憶となっているか」ということである。

多くの芸術家が、創造力は過去の記憶から生まれると言及しているが、これはまったくその通りかもしれない。

実際のところ、僕は「人のためになることをしなさい」ということ以外にも沢山のことを忠言され続けてきているはずである。
これはいい事を聞いたなと思って、頭の中で何度も繰り返してみたり、よしそれを書き留めておこうと思ってノートに書き留めておいた経験は幾度となくある。
だが、そんなふうに日々色々と刻まれていく言葉は沢山あるが、どうやら結果的にみると、様々な淘汰が自分内回路によってなされていって、結局、骨肉のように自分に「馴染む」というか、必然的に「残る」言葉というのがあるようだ。
逆にいうと、いくら言われてもすっぽ抜けていく言葉、無視されていく言葉もある。

当たり前のことを言っているかもしれないが、それはおそらく、それぞれの人が或る同じ体験をしても、同じ言葉を投げ掛けられても、決して同じ風には残らないだろう。
体験とその言葉は、それぞれの人それぞれにそれぞれらしく残っていくのである。

言ってしまえば、僕の中には「人のためになることをしなさい」という言葉が残ったのである。
というよりも、その言葉が残りやすい基質(気質)が根源的にあった。
なぜその言葉だったのかはわからないが。

誤解を恐れず踏み込むと、この回路的事実こそが僕の個性そのものであり、感覚の源泉なんじゃないかなと思う。

…さらにムダに一歩進めて。

そうなると、自分の母はそれを見越して僕に物事をあれこれ諭してくれていたわけでもあって、これはもう最終的に納めようとすると、まるでかの人は僕にとって預言者のごときお方であった、さすが母君様、ということになってしまう。
なるほど、こうして(何かが間違っているが)母親偉大論というのは日々強靭に発展を遂げてゆくのだなというのがわかった。

さて、僕の母は今月還暦を迎える。

街を歩いていて

今日街を歩いていて、子供のときにぴかぴか踵の部分が光る運動靴が流行ったことを思い出した。
すごく流行ったわけじゃなくて、微妙に薄っすら流行ったシューズである。

暗い夜道などで、道路の端をよちよち歩く子供がいたときには、その足元のライトの点滅でわかるから、後ろから車やバイクが直進したときに交通事故が起こるのを防ぐことができる。
そういえば最近は犬の首輪なんかもよく点滅しているが、あれに似ている。

確か当時、アキレスプラズマなる商品名でCMをやっていた。

僕は、初めて友達がその種のシューズを履いているのを見かけたとき、靴が歩くたびにいちいち光るなんて、これはすごく新しくてかっこいいなと思って欲しがった記憶がある。
ライトの光り方やカラーも、シューズによって何色とか何パターンとか種類が様々にあって、当時そういうのをオシャレに感じていた。

だが、その後まもなく、シューズが光る機能はもともと交通事故を防ぐために実装されているんだということを知って、一気にげんなりして、興味が失せてしまった。

当時の僕からすると、シューズにオシャレでライトが点いている分にはいいけど、事故を防ぐために靴が光るなんて、なんだか親の過保護を受け入れている子供みたいに思えてしまって、それはもうダサいなと思ったわけである。

それで結局、僕は歩くたびにいちいち踵が光る運動靴を一回も履くことはなかった。そして多分これからも無いだろうと思われる。

しかしまあ、あの運動靴はどういう仕組みで踵が光るようになっているのだろうか。今でも謎である。

※※※

今日街を歩いていると、踵にコロコロのついた運動靴を履いた5歳くらいの女児が、後ろからスーッと滑って、僕を追い抜いていった。

そのとき心が荒んでいた僕は、女の子の後ろ姿を見送りながら、「ああ、あんなわけのわからない機能が付いたスケート運動靴、すぐ廃れるかと思っていたのにまだ廃れていなかったのか」と思い、それと同時に冒頭からのぴかぴか光る運動靴のことを思い出したのだった。

音楽の受け容れ方

僕はいわゆる「いいもの」というのが最初よくわからないことが多い。
きっと自分の性格に保守的でひねくれた部分が多いから、あまり素直に受け容れたくないんだと思う。

初めて出会って聴く音楽や演奏は大概好きにならない。そもそも「聴き方」がよくわからなかったりする。すごい鈍感である。

僕の中で第一印象が「よくわからない」で止まった場合、それはそのまま心の中でうやむやになってしまって、ライブだったら帰り道くらいには忘れてしまう。
だからこれは良くない。

次に第一印象が「良い」場合、それは心の中では「分かりやすくてありがとう、うんうん楽しいよね」に近い感覚になる。
これは満足しているので良い事なのだけれど、ライブだったらその場で満足して、寝て覚めたら大体の事は忘れている。
これが普通だ。

さらに、第一印象で妙な「違和感」を覚えた場合。
「どうやらこれは何か自分と違う視点から形成されているらしい」と思ってもやもやさせられる。
でもまったくわからないわけではないので、心のどこかに引っかかりを感じている事は確かなようだ。
帰り道に考える材料が一つ増えたなと思って、得した気持ちになって帰る。
CDならこの違和感は何だろうと確かめたくなって何度か聴く。
次の日以降も二日酔いのように残ることが多い。

次は違和感以上に「嫌い」だと思った場合。
時々、良くわからないというわけでもなくて、何だか感覚的に合わないなと「強く」感じたりする場合がある。
これはチャンスである。

僕がだいぶ以前に、雑誌のレビューだけを読んでthe verveのアルバムを買って、家で初めて聴いたとき、「ああ、お金を無駄遣いをしてしまった」と後悔した。
ボーカルの声の線は細いし、メロディは馴染めなくてよく分からないし、同じリフレインばっかりだし全然良くないと思ったからである。
完全に失敗した。

でもその後、少ない小遣いをはたいて買ったのだからと我慢しながら聴いているうちに「…でもまあ、アルバムの中でこの曲なら好きかもな」みたいなよすがが生まれ、さらに他の曲も聴いていくことにより「この買い物はそれなりに悪くなかったかもしれない」に変化する。
さらに聴き込むと、「というかさすがレビューで絶賛されているだけの作品ではあるようだ」から「というか最近こればっかり聴いているな」→「ていうか何コレ最高」に到達する。

お分かり頂けたであろうか。
そう、このように「ていうか」が増えるのである!
ではなく、「嫌い」は結構「好き」に近いのである。
(余談だが、ここまで書いてみてまるで恋愛の法則と一緒であることに気づき始め、不毛だなと感じ始めてきた…)

結果的にこのアルバムは大好きになって、相当聴き込んだ作品で、今でもかなり影響を受けている。
最近聴き直したらまた新たな発見があって、やっぱり素晴らしい作品だなと再認識させられた。

考えてみればこういうことは本例に限らず、往々にしてよくある。

僕は直感人間なので、何事も自分の感覚が前に出て決めてしまう事が多いけれど、この「嫌い」という感覚が出たときにはなるべく注意深くしなければならないと気をつけていたりする。
それは好きになる可能性を多いに秘めているからで、好きになれるかもしれないものを嫌いになるなんてまったく勿体無いからである。

話は戻って、音楽を聴く上での第一印象で最上なのはライブやCDが一聴して「素晴らしい」ときである。
これは全く手が付けられない。
違和感があるのにも関わらず、違和を覚えた自分にもわかるよう、その人の表現が伝わる技巧が予め施されているというような感じだ。
具体的にいうと「お、このサウンドいいね」と思って聴き始めたものが、最終的に聴き終わったときに「これは自分の言いたい、聴きたい事を全部やってくれている!」になっているケースである。
これは大正義であり、自分を肯定してくれているような、そういう多幸感を持った「救い」の音楽である。
リスナーにしてみたらきっとこれこそが求めてやまない至高のサウンドであろう。

しかし、音楽をやっている自分からすると、これはまったくの恐怖でもあり、なるべく体験したくない。
その場は舞い上がっても、自分の表現を揺るがされてしまい、さらには自分の存在意義について考えさせられ、強烈な虚無感に襲われるからである(
そのため「素晴らしい」音楽をやる人は嫌悪する事にしている)。

だが、このショックを浴びまくらないと人は成長しないので、そういうときこそ、黙々と自分の事を精一杯やるべきである。
あとはもうたぶん気力の勝負なので下記のような雄大な写真を見て、心を励ますしかないのである。

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「北海道大雪山の様子」

結局やはり物事は何にも思わないことが1番よくない。
これはきっと音楽だけに限った話ではないだろうけれど。

歌詞についての四方山話

普段思ったり感じたりした事は何でも手帳やiPhoneのメモ帳に書いていて、それが歌詞につながっていく種になる。
この「感覚を書く」というのは、僕が幼稚園くらいのときから連綿と続けている、数少ない美徳ともいえる習慣である。

誰が何と言おうと、音楽を創るのはしんどい。
それでも僕の場合、最初に曲想を決める、コアになる言葉のイメージを創るのは楽である。
完成したリズムトラックに、書き留めていた言葉のフレーズやイメージをせーので合わせて唄ってみて、その場の即興でメロディを出して固めていくのが曲作りに多いパターンで、先にタイトルだけ決めて、そこから掘り下げて曲を作っていくこともある。

もちろん大枠はそれで決まっても、実際に歌詞を細かく詰めていく作業は非常にしんどくて、言葉を(感覚的に)放り出してみたり、はめ込んでみたり、逃げてみたり、説明的に置いてみたりする。
要は推敲する。

歌詞で頓挫する曲は多い。
というか歌詞以外で曲作りは頓挫しない。
いくら言葉にイメージがあっても楽曲として成立するほどの伸び代がうまく出せなくて、それで失敗するパターンが結構ある。
当たり前だけど歌詞は楽曲の道標なので、これが決まらないということはつまり楽曲の最終的なトーンやアレンジが決まらない。
そのまま無理に推し進めると、非常に不安定なまま固定化されて楽曲がにっちもさっちもいかなくなる。
これは由々しき事態なので、そういうときは早めに諦めて寝かせてしまうに限る。

※※※※※※

人の感情には色んな種類やカラーや局面があって、それは単純な言葉だけだと表面的になってしまって、なかなか説明がつかない。
説明がつかないからこそ、なんとかそれを何かのフォーマットに乗せて表現したいわけで、僕の場合、「じゃあそれを音楽で」という話になる。

要所要所で訪れる気分や感情の類を記録して、後でその感覚の持つ世界や雰囲気を人に伝わるように拡げたり、絞ったりして成型していく。
僕は誰かの感情の受け皿になるような楽曲を創作する事が好きだ。

でも、たまにちょっと誤解されているなあと思うときもあって、それは「夜のジャズ」とか「みんなわかってもらいたい」という類の曲の歌詞について、人から「メッセージ性が強い唄ですね」と言われる事だ。
「メッセージ」という言葉の捉え方一つなのかもしれないけど、僕はあんまり「メッセージ」として語れるほど立派な思想なんて持ち合わせていない。
歌詞に詰まって楽曲を頓挫させるくらいの人間だし、根が非常にいい加減なので、偏屈ではあっても「僕のすべてを受け止めてもらいたいというような情熱的な魂を持った、自分をさらけ出している人」という感じではないと思う。

例えば、「みんなわかってもらいたい」はそれこそタイトルから作っていった曲で、僕の中ではまず『みんなわかってもらいたい』という言葉が持つ佇まいや雰囲気に着想があったから、そこから喚起されるイメージを、感情的というよりかは言葉遊び的に拡げてゆく作業をして作った。
だから、どちらかというと「誰だってそうだよね」みたいな、ゆるくてふわっとした感じでまとめている。
タイトルから連想されるような「これぞロックなんだ!」みたいなそういう激烈なモチベーションで書いていったわけではなかったけれど、それでも確かにこの曲なりのエモーショナルな部分はあるし、どうとでも捉えられるように作ってもいるわけで、中々面倒くさい。

収拾がつかなくなってきた。
とりあえず、僕が思う「良い歌詞の曲」はどんな気分のときでも、どんなようにでも受け止められる、優しくて懐の深いものなので、自分もそういう歌詞を創っていくよう頑張らねば、とそう思った。
いいえ、今日もまたそう思い直したという話。